紀伊半島に棲息しています。


by housi216
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<   2006年 09月 ( 12 )   > この月の画像一覧

秋の風と共に・・・。

日本酒が美味くなってきた~
(体調を気にして、糖質65%OF.f(^_^;)
このお猪口いいでしょう~
昔、篠山のフルマラソンに出場した時の参加賞です。
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そこで気になるのが、うまいアテ・・・。
昨日の「大人の修学旅行」での美味などは、どう考えても最高の品である。
日置川の天然鮎
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日置川の天然ウナギ
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その他にもいっぱいご馳走がありましたが・・・。
私はただ写真を撮るだけでした。\(^0^)/
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by housi216 | 2006-09-26 00:51 | なんでもない日々
家の周りをカメラをぶら下げて、ちょっとお散歩~
田んぼの畦に咲く、彼岸花とアゲハをセットで撮ろうと思ったんだけど、なかなかモデルが思うようなポーズをとってくれず、すぐに諦めてしまいました。f(^_^;
近くにいたツマグロヒョウモン♂
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マユタテアカネ♀
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シラホシトリバ~  極小のトリバガの中でもめっちゃちっちゃい
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イチモンジセセリかな~
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by housi216 | 2006-09-24 23:28 | 昆虫などなど

東京と「僕の町」

息子が中三の時の作文~
なかなか、青臭くて鋭い。(;^_^Aアセッ

修学旅行で東京へ行った。そこは、僕たちが暮らす日置川町とは別世界だった。
まず、何といっても人が多い。駅には、だいたい三分おきで電車がはいってくるのに、いつも満員だった。道を歩いていても、少しよそ見をしただけで、仲間とはぐれてしまいそうなほどだった。
建物の数や、スケールにも驚いてしまった。何階建てか数えていられないほど高いビルなんて、僕たちの町には全く見当たらない。東京のオフィス街はよくテレビに映っているけど、実際に真下から見上げてみると、何だか違った感じがした。
その他、デパートの品揃えの多さ、交通の便利さ、人々の服装など、何をとっても、「田舎者」の僕の目には新鮮に映った。
けれども、三日間の修学旅行の中で、僕はどうしても東京を好きになれなかった。
街の人たちは、何か見えない力に引かれているかのように、少しうつ向いて、せかせかと急ぎ足だった。人々の表情は微妙に曇っていて、そこから、普段の、時間に縛られた生活に対する、ストレスが伝わってくるような気がした。
そのままの形で残っている自然が、あまりにも少な過ぎたのも残念だった。都庁の展望台から東京の街を眺めることができたけど、見渡す限り灰色の高層ビルばかりで、それらのわずかなすき間に、豆つぶぐらいの緑が見えるだけだった。遠くの方の空は、スモッグでぼんやりかすんでいた。
日置川町には、高い建物もデパートも、地下鉄も何もない。そのかわりに、季節によって表情を変える山。泳ぐことのできるきれいな川。青く、大きな海がある。夜には、手が届きそうな素晴らしい星空を見ることもできる。
昔は、首都東京にも、美しい自然がたくさん残っていたのだと思う。しかし、いつからか人々は、自分たちの目の前にあった快適さだけを追い求めるようになったのだ。森を削り、川を汚し、海を埋め立てながら、人はいったい何を手に入れたのだろうか。それは、複雑な社会と、やり場のないストレスだけだと思う。
どうしてみんな、都会へ行ってしまうのか。仕事をするため、より便利な生活をするため、など理由は人によって違うと思う。しかし、わざわざ人ごみの中で、情報だけに敏感になりながら、疲れをため込んでまで都会で暮らす意味は、果たしてあるのだろうか。欲しい物を手に入れることだけが、本当の幸せであるといえるのだろうか。僕ははっきり、違うと感じた。
今回東京を訪れ、「明るくて自由なところ」という、僕が持っていたイメージとは、少し違うことに気がついた。
三日間の旅を終えて、僕たちは日置川町に帰って来た。人の手の加わっていない、たくさんの青と緑が出迎えてくれた。人々の表情も、穏やかで明るかった。「これこそが人間の、あるべき姿だ。」と僕は確信した。

写真は、家の前の野道に咲いてた花~
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by housi216 | 2006-09-23 11:06 | 振り返ってみるのもいいさ~

一昨日ですが

子供たちと、新宮へぶらり出かけました~
今年免許を取った、息子の運転で・・・。(;^_^Aアセッ
串本の橋杭岩で、ちょっと休憩タイム
絵になる情景はないかと見てみると、格好の親子モデルが~
昔は、うちもこんなんだったなあ~ とちょっと懐かしく思ったり。(=´∇`=)
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でも太地へ行って、ブランコを見つけてぶっ飛んで走っていく大学生と高校生の息子は、あの頃とちっとも変わっていませんでした~
親の前で、兄弟が揃うといつまでも子供のままでいられるんでしょうか・・・。
なんかめっちゃ嬉しくなってきました。
くじらの町太地~
ここの灯台、けっこう好きですv(^-^)
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by housi216 | 2006-09-20 21:03 | なんでもない日々

義母の怪我・・・。

義母が昨日、右腕をカギ状に25針も縫う大怪我をしてしまって・・・。昨日はバタバタしていました。今日は診療所は休みだけど、先生が傷を消毒するのに診てくれるというので、妻の実家から診療所まではわりと近いんだけど(健常者にとっては。)送迎をしてきました。杖を突かなければ歩けないので、右腕の負傷は生活に関わってきます・・・。めっちゃ痛いだろうに、気丈な人なので、全然そういうそぶりも見せずに・・・。明日も診療所は休みなのですが、先生が往診に来てくれるというので、本当に助かります。

帰って来る途中、車を降りずに、車の中から日置川を写してみました~
雨の後の日置川は、いつもの清流ではないけど、なんかいいです~
川の流れを感じます・・・。
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by housi216 | 2006-09-18 23:41 | 川が見える風景
二十年近く前の文章なので、=ふり返ってみるのもいいさ=
のカテに入れようと思ったんですが、これからジョギング復活予定のため、
マラソンのカテに~


『ウルトラマラソンに挑戦』

新宮の速玉大社から田辺の闘鶏神社まで、夜も眠らずに走り続ける奴らがいることを知った時、「なんてうとい(馬鹿な)人間もおったもんやな・・・」と思いました。
 車で新宮まで行ってもしんどいのに、夜中に新宮を出て、田辺まで走るんやとう・・・・。狂人としか思えません。
 あのくそ暑い時期に。
 自分にはまったく関係のない世界の出来事やと・・・・・。それが何故か心の片隅に引っかかり、いつしか「凄いなぁ・・・」という憧れの気持へと変わり、「ひょっとして自分にもやれるんちゃうやろか・・・・・・」と思った時、僕のランニングが始まりました。
「三十四歳に青春と呼べるものが残っているのなら、そのすべてを賭けて必ず完走してみせる・・・。」と凄い意気込みで走り始めたのですが、知識も体力もなく、最初は、一キロも走るとゼェゼェ、ヒィーヒィー。ほんまにこんな調子で百三十キロも走れるんやろうか・・・・・・・。
不安と焦りの中、時間だけが過ぎていきました。
 
 速玉大社で全員安全祈願のお払いを受け、九月二十三日午前零時、ラジオの時報で第二回熊野黒潮130kmウルトラマラソンに参加の四十三人が一斉にスタート。
 走り始めた時はまだ夢の中にいるような気分でした。
“ええんやろか・・・”真っ暗な国道四十二号線をボンヤリとした不安の中走っていると、しばらくしてサポートのT君が待っていてくれました。
 参加資格として、“ひとり一台のサポート車を用意出来る者”の規定があり、頼んだところ快く引き受けていただいたのですが、夜中に何回も止まって待って貰うのも気の毒な話なので、串本で待ってくれてたらいいからと言ってあったのです。橋杭岩のところで、フルマラソンと同じ距離。
 なんとかそこまでなら走れそうやと思ったからです。しかし、「車のメーターで五キロやけど、ちょっとペース速いんちゃうか。」「待っとくの五キロ毎でええか。」といって貰った時、これからしばらく夜中のひとり旅を覚悟していたのが、なんとも心強い気持になれました。
 橋杭岩のところで四時間弱。サブ・フォー達成です。「ここらでウォーミングアップは終わり、本番はここからですよ。」と関係者のひと言。「ようし頑張るぞう!!」「オーバーペースもくそもあるか・・・。行けるとこまで行くんじゃ~」
 潮岬で朝めしを食べていると夜が明けてきました。“♪朝だ朝だよ朝陽が昇る~♪”そんなうたを思い出しながら足を自分でマッサージする。しかし、足が痛くなってきた。ええんやろうか・・・・・・・。
 海中公園午前七時通過。かなりペースが落ちている。カメラを向けられて元気にピースサインで走ってみせるが、ほんまは、ぼく、もうあかんのや・・・、と弱気になったり、いや、ぼくには根性があるんや。子供の頃、根性もんのテレビマンガよう見たもん。赤き血のイレブン・アニマルワン・柔道一直線・・・。
 すさみ十一時三十分七番目の順位で通過。
しかし足はもう限界にきている。頭もフラフラ・・・・・・・。最初のオーバーペースが今になってこたえてきたのか・・・。
サポートのT君が心配して「まだ行けるか?!」と声をかけてくれる。
「なんとか日置まで行ってみるわ。」と答えたものの、足がちぎれそうに痛い。一歩踏み出すごとに、ズキンと頭のてっぺんまで激痛が駆け抜ける。なんでこんなえらい(しんどい)思いを・・・・・。
 午後一時。順位は七番目。“根性”で日置のテニスコートの前まで辿り着いたものの、もう走りたくない。家はすぐそこ。帰って眠りたい。いったい田辺まで走って何になるんや。
 茫然自失の状態の中、ふと以前テレビで見た筋萎縮症の人のことを思い出した。病魔に蝕まれ、だんだん動かなくなっていく身体で、唇にペンをくわえ、一生懸命絵を描いていた。ほんとうに素晴らしい絵でした。
明日になったら自分にはもう描けなくなるかもしれないから、今、精一杯描いているのだと話していました。
「もし、神様がいて願い事をひとつだけ叶えてあげると言われたら、あなたは何を望みますか。」と質問された時彼は、「百メートルを思いっきり走ってみたい。学生の頃のように・・・。いや十メートルでもいい。ゆっくり一メートルでもいいから、自分の足でもう一度歩いてみたい・・・・・。」と
 足が痛いくらい、たいした事やない。時間が経てば治るんやし、自分が好きで参加したんやないか・・・。こうやって百キロも走ってこれるなんて、自分は何て幸せな人間なんやろう・・・。そういう気持ちになれた時、スゥーッと足の痛みも消えていったから不思議なものです。
 日置から田辺まで、決して楽ではありませんでした。しかし今まで、追い抜くとか、抜かれるとか、自分は今何番目を走っているとかいうことを考えていたのが、本当につまらない、どうでもいい事に思えてきて、とにかくゴール目指して歩き、走りました。
 見飽きた景色も、車窓から見るのとは随分感じが違うものです。こんな美しいところで暮らせる自分はしあわせ者です。
“やったゾゥ~”ゴールは本当に感激でした。足は引き攣り、身体はボロポロなのに・・・。体力の限界を超えると今まで見えなかった世界が見えてくるらしいというのはほんまなんやろうか・・・。

=苦しさを上回る感動が忘れられなくて=

あまり長いと読みたくなくなるので、ここでおしまい~
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by housi216 | 2006-09-16 11:12 | マラソン

今日から

9月もハーフを過ぎ、少しずつ足を慣らしていこうと~
ジョギングを始めました。v(^-^)
なんちゅうてもブランクが長いので、5kmゆっくりジョグでも
足は張ってくるし、おぇ~とエヅイテくるし・・・。
散々なスタート・・・。(;^_^Aアセッ
でも、今からやっておかなきゃ10月に入っていきなりオクトーバーランに参加では
やっぱり、無理だと思い・・・。
夕べ、山形のメンバーの方から問い合わせの℡があったけど、全然理解していないからシドロモドロ・・・。
今日、ランナーズへ問い合わせのメールをしたところ、丁寧にお返事を頂きました。
私が走っていた頃は(チンタラジョギングですが・・・)、まだインターネットも普及しておらず、ランナーズの通信員をやっていた頃も、記事は郵便で送っていました。今だったら、通信はメールで写真もデジカメで撮って添付、でしょうね~
ランナーズの通信員は何年かやったけど、両方の父親の体調が悪くなり、走る時間も気力もなくなり、辞退しました。
今度は、自分の体調のこともあり、なんとかランニング復活計画を立てています。
オクトーバーランもいいきっかけになっています。
来年のゴールデンウィークの頃には、那智のウルトラマラソン(100kmですが)走れるようになれると思います。殆ど平坦な所はないというのと、制限時間が14時間、それに私自身が『100km』という大会に出たことがない・・・、というのが気になるところですが・・・。

マラソンに全然関係ないですが、昨日、日置の奥で何となくチベットをイメージしてしまう、個人的に大好きな滝地区を通りました~
車にカメラを積んでいたので、少し情景を~
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by housi216 | 2006-09-16 00:30 | マラソン
家の裏の畑(何も作っていない・・・。草ボウボウの荒地。)に巨大キノコが~
農協のマッチ箱と比べると大きさが分かるかも(JA日置川って、古いマッチ箱(=´∇`=))
これって、やっぱ食えないだろうね。

そうそう、息子が帰って来ました。(よく帰って来る奴やなあ。9月に入って京都へ帰ったと思ったら、2日後には友達4人とレンタカーでやって来たそうです。白浜のホテルへ泊まって、白良浜で泳いで、百間山渓谷でもあの雨乞いの滝のとこで泳いだそうですよ。\(^0^)/)

今回はチャリンコ(自転車)でやって来ました。v(^-^)
京都からはるばると~
去年の真夏にチャレンジした時は、暑さに参って御坊からSOSが入って迎えに行ったけど、今回は完走出来たようです。
昨日の朝出発して、京都~奈良~和歌山と来る予定が、途中寄り道して大阪の県境も跨いで、大和葛城山にも登ってきたそうです。もちろんロープウェイなんか使わずに。)
地図ソフトで調べたら、230kmあるそうですが、高速道路を走るわけじゃないから、アップダウンはすごいし、途中の大和葛城山への寄り道とか入れたら、かなり距離は伸びてるだろうな・・・。
紀ノ川の橋の下で野宿したらしいんやけど、シュラフとか持って来なかったから、明け方めっちゃ寒かったようです。それから蚊もいっぱいいて刺しまくられ、極悪環境で全然寝れんかったと言っていました。(=´∇`=)

ちょっと羨ましいな~ 
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by housi216 | 2006-09-15 18:23 | なんでもない日々

ひょんなことから~

ランナーズがやってるオクトーバーランで、「夢街道」というチームの代表者になってしまった・・・。
夢街道というのは、昔、ランナー向けの雑誌の掲示板みたいなところで、仲間募集みたいな感じの呼びかけで集まったメンバー。今のようにインターネットは普及していなく、アナログの世界でした。
会報「夢街道」は編集されてる代表者の方がいつも手書きで暖かい文章を載せてくださってます。
もう何年もランニングから遠ざかっている私は、全然投稿もせずに、会報だけ送っていただいてる幽霊会員・・・。(山の会もそんな感じ・・・。m(_ _)mゴメンナサイ)
オクトーバーランとは、秋冬のマラソンシーズン前に、毎日の「走りこんだ距離」をネット上で自己申告し、Web上で、全国のランナーと比較・共有しながら励まし合う「トレーニングイベント」だそうです・・・。
今回「夢街道」のメンバーで参加するのは、埼玉、山形、神奈川、静岡、茨城、兵庫と私和歌山です。ホントばらばら~・・・。こうやって書いて見ると、昔、足が痛くて困っていた時に、馬に塗る軟膏を送ってくれた北海道の方が入ってないなあ・・・。いつも会報の発送をやってくれてるのに・・・。
那智で毎年100キロのウルトラマラソンを開催しているとか~
ほとんど平坦なところがないそうです。制限時間は、たしか14時間。
どうなるか分かりませんが、これに挑戦出来たらいいなあ~と思い始めてます。v(^-^)

10月に入ったら夜道を、太平洋の潮騒聴きながら走ろうかと~
(明日から始めようと思わないところが味噌です。(=´∇`=)
明日から始めたら足が痛くなったりして、10月にはやめてしまってるかもしれないから・・・。)
ジョギングコースから見た景色~(まだ全然始めてませんが・・・。)
かの100kmウルトラマラソンは、ゴールデンウィークの頃だそうなのでまだ全然慌てる事ないし~
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by housi216 | 2006-09-12 00:44 | マラソン

『穂高に挑戦』

時代は2000年~
下の子が小学校4年生の時に書いたものです。

「おととしは日本一高い富士山。去年は二番目に高い北岳。今年はここしかないなあ。」
というお父さんの一言で、日本で三番目、北アルプスで最も高い山、奥穂高に登ることになった。
 八月十六日、沢渡に着いたのは午後十一時だった。
 八月十七日、ぼくはいつもより早く目がさめた。これから登る奥穂高のことを考えて、こうふんしていたからだろう。気温は十八度、顔を洗う水道水もこおるほどつめたかった。
 穂高に登るために、上高地というところへ向かっていたが、そこへの道は一般車両は通れない。しかたがなくタクシーに乗りかえた。
 上高地にはすごい数の人がいた。お父さんとお兄ちゃんを見失わないように必死で歩いた。
 途中、小休けいをとりながら横尾小屋に着いた。十一キロものきょりを歩いて、のどがからからになったので、ジュースを飲んだらとてもうまかった。
 しばらく行くと、本格的な山道が始まった。道はせまく、すれちがう時、かた方の人がよけないとぶつかるくらいだ。ずっと歩くと川原にでた。最高にいいけしきだったので、休けいすることにした。ぼくらはおにぎりを食べた。
「うっ、うまい。」
と言い、食後のジュースを飲んだ。北アルプスの雪どけ水で冷やしたから、
「つめたい。」
と思わずさけんでしまった。
ここから登りがきつくなってきて、はらがいたくなってきた。
「高山病か。」
と聞かれたけど、高山病には負けたくないと思っていたので、
「ちがう。」
と言いきって、どんどん歩いていった。
 と中で大きな岩のかべが見えた。びょうぶ岩というらしい。ものすごいがけを二人の人が登っていた。あんなところまでどうやって登ったんやろうと思いながら先へ進む。
 休けいをたくさんとったのに、体が思うように動かない。お父さんたちがはげましてくれてなんとか涸沢に着き、みんなで力を合わせてテントをはった。シュラフの中に入ると、明日のことで頭がいっぱいだったが、つかれきっていたので六時にはねてしまった。
 八月十六日、いよいよ頂上まで登れる。そう思うとわくわくしてきた。今日はテントにもどってくるので、必要な物だけをぼくのザックにつめ込み、お父さんがせおった。
 ごつごつした石がたくさんあったからすごくつかれた。ぼくたちは一歩一歩ふみしめて歩いた。三時間ほどで奥穂高山荘に着く。
「ここから三十分奥穂高山頂」と書いた物があった。元気がわいてきたぞと思ったが、一歩進むごとに力がぬけていく。ケルンがあったから「頂上や。」と思い、スピードを上げたがにせ頂上だった。ぼくはその時まるで山に「どうだ、まいったか。」とおちょくられていっるような気がした。「こんな山なんかに負けてたまるか。」と最後の力をふりしぼって歩いた。
 十時ちょうど頂上とう着。「奥穂高に勝った。」と思いながら写真をとってもらった。
「ついでに北穂高も登るか。」
と聞かれて、「はあ、また登るんか。」と思ったけど、口がかってにこう言ってしまった。
「おっしゃあ、登ったるぞ。」
涸沢岳への登りは、そんなに急じゃなかったから、三十分ほどで頂上に着いた。だが、ここからはものすごい坂やがけが多く、くさりで登るところもいっぱいあった。お父さんが、
「ここ登ったら頂上や。がんばれ。」
とはげましてくれた。その坂を登りきると、そこはもう北穂高の頂上だった。北穂高の頂上にある山小屋でバッジを買って、テントへの道を下った。テントは見えているから「スピード上げるぞう。」と思ったけど、なかなか着かない。おまけに十ぴきものハエが耳の中に入ってくる。おいはらえばよけいによってきた。
「ぼくはおまえらと仲良しになりたくない。」と思ったけど、どうしようもなかった。ようやく涸沢小屋に着き、夕ご飯にエビピラフを食べてテントにもどった。
 八月十九日、テントをかたづけ六時に出発した。今日は下山なので、かなりペースが速い。ふり返ると、ぼく達が登った山が遠くに見えた。お父さんが、
「心のファインダーに焼きつけとけよ。」
と言っていた。「バイバイ北アルプス。」
 上高地に着くと、人がすごく多かった。帰りに坂巻温泉に入ると、つかれがふっとんだ。山の帰りの温泉はすごく気持がいい。
 山登りは苦しいが、頂上に立つとなんともいえないうれしさがこみ上げてくる。これからもこのうれしさをわすれず山登りを続けていきたいと思った。
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【評】たいていの子どもたちが夏休み真っ最中に、海や川やプールで水遊びにむ中だったり、キャンプを楽しんだりしている時に、こうして北アルプスの穂高に登頂している彦太君のような小学生もいるんだとうらやましく思いました。
 登山は忍耐力のいるスポーツですが、三千メートル級の山にも登る彦太君はすごいね。そして彦太君に他の子にはまねのできないような体験をさせてくださるお父さんに感謝してほしいです。「心のファインダー」に焼きつけた数々の大パノラマ写真は、一生の宝物ですね。
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by housi216 | 2006-09-10 08:21 | 振り返ってみるのもいいさ~